1980年代、京阪神を疾走した、117系「新快速」です。デビューは、1980年1月。
当時、並行する私鉄、阪急が6300系、京阪が3000系というクロスシートの座席を
持った特急を運転していたのに対し、国鉄の新快速は153系のボックス型シート
でした。
これらに対抗するため、当時の国鉄としては破格の車内設備で登場した117系は、
利用者からの評判もよく、153系は急ピッチで置き換えられていきました。
この「新快速」、登場時から様々なエピソードがあり、興味深いです。
例えば、大阪-京都間は、北陸方面へ行く特急「雷鳥」が走っていますが、「新快速」
が毎時00分発だったため、同時に大阪駅を発車すると、「新快速」が先に京都へ到着
してしまうので、「雷鳥」を毎時05分発に変更させたとか、東海道本線の時刻表のペー
ジから意識的に「雷鳥」をはずしたとか、枚数に暇がありません。
また、この「新快速」という列車種別、「特別快速」にならなかったのは、当時の
大鉄局(大阪鉄道管理局)が、東京(中央線)と同じ名称を使いたくないという意向
が働いたためともいわれています。
その後、国鉄分割民営化を経てからも、複々線を生かした緩急接続や京阪神間外への
直通運転、早朝から深夜までのフリークエントサービス、最高速度130km運転などが
利用客に支持され、JR西日本の看板的存在に成長したのは、よく知られるところ
です。
東海道本線 大阪駅 1982.11.
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- 2009/07/22(水) 22:58:29|
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