本日、12月4日が、JR北海道留萌本線の末端区間、留萌-増毛間の
営業最終日でした。
増毛を訪れたのは、国鉄時代の1985年(昭和60年)7月18日。
この日の行動は、
旭川0611(337D)0758名寄
名寄駅の待合室は、7月だというのに、ストーブが...。
名寄からは、今はなき深名線へ乗車。
名寄0820(942D)0928朱鞠内1011(924D)1212深川1325(733D)1330
北一已
「期待ちゃん」とも読める駅名に、可愛らしいと思わずパチリ。
そのまま終点の増毛へ。
(733D)1511増毛
滞在時間わずか6分で折り返し。
入場券を買った記憶がありましたが、出てきません。
増毛1517(764D)1547留萌1620(827D)1744羽幌。
この日は羽幌YH泊。
もう30年以上も前の話ですが、一度限り乗っただけで、勝手なことを
言う資格もありませんが、やはり思い出のある路線が廃止されるのは
寂しいものがあります。
ただでさえ赤字路線を多数抱えて経営が苦しいのに、台風で、深刻な
被害を受けたJR北海道。
思うに、JR東日本が吸収合併するか、連結子会社にしてしまうか、
何らかの手立てを行わなければ、鉄道事業の存続が危ぶまれる状況
なのは間違いありません。
留萌本線/増毛駅 1985.07.18.
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- 2016/12/04(日) 23:59:00|
- 北海道各線(廃線)
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北関東の水害、大変なことになっていますね。
大自然の猛威をまざまざ見せつけられると、人間の力など何と無力な
ものかと思ってしまいます。
このところ、こうした災害が増加の傾向にあり、日本中どこにいても
安心はできません。全く住みにくい世の中になってきたものです。
さて、過去ものの掲載を続けていきます。
北海道の湧網線は、名寄本線との接続駅、中湧別駅から、サロマ湖を
大きく迂回して、常呂でオホーツク海にぬけ、能取湖と網走湖をかすめ
網走に至る路線でした。
車内から過ぎ去る線路。車内から見た光景そのものの思い出です。
途中、常呂駅で下車して、
当時(今も)人気の民宿、「船長の家」へと向かいました。
湧網線(廃線)/常呂駅 1986.03.09.
- 2015/09/11(金) 18:05:00|
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富内線という北海道の国鉄時代のローカル線をご存知でしょうか。
日高本線の鵡川駅と日高町駅を結んでいた全長82.5kmの路線でしたが、
予定では、この日高町から更に延伸され、根室本線の金山駅に達すること
になっていました。その一部は、石勝線として開業しています。
もちろん、この路線は、とっくに廃止となっていますが、今から29年前に
撮影した記録が残っています。
日高町駅構内はずれから。天気はぐずついていました。
この当時、第1次・第2次特定地方交通線として、廃止対象となった路線の
沿線では、このような看板がいたるところで見られました。
線路はここから先、延びることなく、1986年(昭和61年)11月1日をもって
廃止。
この時は、鵡川から日高町まで全線乗り、この日高町駅の様子を撮影した後、
当時の国鉄バスで日勝峠を越え、帯広へ抜けました。
手元には、この時使った「道内時刻表」が残っていますが、日勝峠を越える
バスは1日1本。日高町での乗り換え時間、13分間の間に、撮影していたと
思われます。
若かりし頃は、時間に追われながらも、乗りつぶし、撮影、スタンプ押し、
入場券購入と結構精力的に動き回っておりました(笑)。
富内線(廃線)/日高町駅 1985.07.17.
- 2014/07/28(月) 18:05:00|
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「幸福駅周辺」というタイトル。
その昔、NHKで夜の9時から「ニュースセンター9時」というニュース
番組があり、その後、9時40分から10時までの20分間で、「銀河テレビ
小説」という枠がありました。
山田太一脚本で放送された「幸福駅周辺」というドラマ。ご記憶にある
方は同世代です(笑)。詳しいあらすじは憶えていませんが、確か同じ
頃、「上野駅周辺」というドラマもありました。
そして、これは大学時代に初めて訪れた広尾線の幸福駅。
駅舎には、訪れた旅人の定期券や名刺などが貼りまくられていました。
この頃は、アンノン族(死語)と呼ばれた若いお姉さん達も、道内を
闊歩していました。
現在この世代は、熟年世代で、子育てを終えてふたたび時間的に余裕の
ある世代。オバチャンパワーで全国を周っていることでしょう。
こんな齢になるまで、幸福に過ごしたいものです。
写真のご夫婦、もうこの世にいないかも....。
広尾線(廃線)/幸福駅 1985.07.16.
- 2014/07/11(金) 18:05:00|
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古いアルバムから。
旧国鉄の美幸線(びこうせん)は、宗谷本線美深駅を起点とし、仁宇布(にうぷ)駅に至る
全長20km少しの路線でした。
当初の計画では、美深より仁宇布を経てオホーツク海沿岸・興浜北線北見枝幸駅に至る
予定で仁宇布から枝幸にかけては、一部工事が行われたものの、1980年の国鉄再建法施行を
受けて特定地方交通線に指定され、1985年(昭和60年)9月に全線廃止されました。
写真は、その廃止直前、1985年7月に訪れた時のものです。
同じ北海道の深名線や白糠線、そして九州の添田線などとともに、大赤字線として取り上げ
られ、一時期は「日本一の赤字線」というフレーズが出回った路線でもありました。
当時の営業係数は、3,859。100円の収入を得るのに3,859円もかかったということでした。
美幸線 仁宇布駅 1985.07.14.
- 2013/08/01(木) 23:45:36|
- 北海道各線(廃線)
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